性同一性障害は、「身体の性と心の性が一致しない病気」のように説明されることが多いです。特に、テレビや雑誌などのメディアや、一般向けの解説などで「心の性」という表現をよく見かけます。これは、わかりやすく説明するためです。

しかし、「心の性」という表現は、「個人の気持ちの問題」という印象を与えてしまうという問題もあります。また、オネエタレントなどが、「心はオンナよ」などといっているのを見ると余計わかりにくいですよね。この記事では、「心の性」とは何か、性自認とは何か、性同一性障害の性同一性とはなにかを解説します。

心の性と表現されているのは、「性同一性(ジェンダー・アイデンティティ)」「性自認」です。厳密には「性同一性」と「性自認」には別の概念です。私は、「性同一性」を形作る1つの要素として「性自認」をとらえています。

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性同一性(ジェンダー・アイデンティティとは

ジェンダー・アイデンティティ(gender identity)とは、同一性を意味するidentityのジェンダーに関する部分のことです・・・

と言われてもイメージわきませんよね。私たち日本人にはそもそもアイデンティティ(identity)の概念がよくわかっていません。一応、identityは同一性と翻訳されていますが、外来語としてidentityという言葉が入ってきたときに、頑張って創作した言葉だそうです。

同一性(アイデンティティ)とは

アイデンティティ・同一性とは簡単に言うと、「自分とは何であるか」に関するまとまった信念や考えのことです。例えば、役割・所属を基にするアイデンティティには、「私は会社員である」「私は~~~の一員である」といったものがあるでしょう。

また、性格やパーソナリティに関する同一性では、「私は~~~という人だ」「私は短気である」「私は~~~をポリシーにしている」などがあげられるかもしれません。そのほかにも、「私は~~~が好き/嫌いである」といったようなものもあるでしょう。

これらの「私とは~~~」が積み重なって、「自分とは何か」が確立されます。この自分とは何かという認識(=同一性の確立)は、精神衛生上また社会に適応するためにとても重要なことです(後でくわしく書きますね)。

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アイデンティティはどうやってつくられるか

生まれたときは、アイデンティティなんてありません。赤ちゃんが、「私は~~~である」って言ったら驚きますよね? ちなみに、お釈迦さまは生まれたとき、「天上天下唯我独尊」という語を発したというお話があります(逸話)。

私たちは、とうぜん自分がだれかわからない状態で生まれてきます。性別もわかっていないでしょう。

誕生すると、両親に育てられて、「○○とは~~~」とか「~~~しなくてはだめ」などと教えられます。幼稚園や小学校に入ると、周囲の子どもたちや先生などとのかかわりの中から、自分が何が得意で何が苦手であるか、何が好きで何が嫌いかがわかります(周囲の人との比較)。また、間違った行動をとれば、先生に「お前は悪い子だ」といわれたりします。

さらに、成長にともなう自我の発達もあります。このようなことを経て、おおむね青年期になると、自己とは何かということがだんだんわかってきます。

アイデンティティはどう重要なのか

私たちは、「自分とはこういう人間である」という認識(アイデンティティ・同一性)にそった行動をとります。例えば、自分はかっこいい男だと思っている人は、かっこいいと思われそうな洋服を着るでしょうし、そのように思われるような言動をするでしょう。

すると周りの人はその見た目から、「あいつはかっこいいといった認識をもちます。その結果、周りの人はかっこいい人に接するのにふさわしい接し方をします。そして、本人は自分のアイデンティティを再確認できます。

ところが、もしアイデンティティが確立できないとどうなるでしょうか。自分とは何かがわかっていないと、表現する自分像がないわけですから、洋服を選ぶ際も毎回バラバラでまるで統一性がありません。例えば女性であれば、昨日はきれいめな洋服を着ていた人が、今日はふりふりのかわいいけい、次の日はゴスロリ、次の日はカジュアル、その次の日はマニッシュ(メンズライク)、そしてあくる日はフェミニン・・・といった具合です。

また、行動もその時によって反応がことなるので、周囲の人は予想がつかず扱いにくいと感じるかもしれません。その結果、周囲の人とうまくなじめないといったことにつながるかも知れません。

私たちは、「自分は~~が得意だ」「自分は~~~に向いている」「自分は~~が好きである」といった認識の集合(アイデンティティ)によって、職業や役割などを選択します。もし、アイデンティティが確立されていないと、「何をやりたいのかわからない」「どんな仕事につきたいからわからないから、自分探しをする」といった状況に陥る場合が多いです。

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性同一性・ジェンダー・アイデンティティとは??

「自分とは○○である」という認識のうち、「自分は~~~~性である」(男女の2つとは限りません)といった、ジェンダー(社会的な性別)にかかわるもののことです。

例えば、生まれながらの男性で性別に違和感がない男性(シスジェンダーの男性・フツーの男性)の場合は、「自分は男である」という認識を持っているでしょう。(この自分は「~~~性である」という認識のことを性自認といいます)

「~~性であるという認識」と一言でかきましたが、性同一性の形成・確率には、「自分は~~性である」という認識(性自認)だけでなく、取り入れられた、「男性とは~~~である」「男性は~~べき」といった考え(ジェンダー規範)や、「男性は外で働き一家を支える」といった性役割も含まれています。これらのジェンダー規範や性役割は教育を通して社会化の過程で学びます。

これらがまとまって、その人の性同一性(ジェンダー・アイデンティティ)は形成されるのです。

おそらく、性同一性は「私は男性である。男性だから~~しなければならない」といった単純な形ではなく、「私は~~~~~~~という特徴をもつ性別である・。私は~~~(性役割にかかわる内容)~~~に向いている。私は、~~~(ジェンダー規範にかかわる内容)~~~しなくてはならない」という具合に、性別の認識(性自認)やジェンダー規範、性役割などから取り込まれ、構成された私を主語とする考え方で構成されているとおもいます。

性同一性は同一性の中でも重要な部分です

「私とは何か」を考えるうえで、性別(セクシャリティ/ジェンダー)は重要でしょう。行動や態度などを決める際、私たちは性別を意識しています。「女の子なんだから~~~しなくてはだめ」といったジェンダー規範だけでなく、それらが取り込まれてできた「私はやさしく、人をはぐくむ人だ」といった同一性の構成要素も行動を左右します。

先ほど、同一性が職業・役割を形成すると書きましたが、性同一性はそれらを含め人生設計(ライフコースの選択)に大きく影響しています。

性同一性-障害とは

ここまで、「性同一性」とはなにか考えてきました。この性同一性障害という疾病名を文字通りに解釈すると、「性同一性に関する障害がある状態」と定義できるのではないでしょうか。「自分とはこういう性である」という、性同一性が確立されていない状態は、性同一性が未確立であるという“障害”ですし、性同一性が確立されているんだけど、その内容が自我に合わない(=違和感がある、受け入れられない)という状態も、広い意味では障害なのかもしれません。

「性同一性障害」や「性同一性」を考えるために、例を考えてみました。

狭義の性同一性障害(=典型例・「中核群」)

「男性として生まれたけど、自分は女性だと考えていて、親や周囲から影響をうける社会化の過程で、女性らしい行動様式を身に着けて育ったが、男性として生活している」場合はどうでしょうか。

自分のことを「女性である」と考えているわけですから、性自認は女性ですね(幼い子どもは、自分を女性だと思いますが、後々男性であることがわかっても、女性として生きたいと考えている場合です)。

また、女性らしい行動様式を身に着けていることから、性同一性(ジェンダーアイデンティティ)を構成している要素として、それらの行動様式が含まれているでしょう。

しかし、男性として無理やり生きているということは、男性としての行動様式もある程度しなくてはならないでしょう。また、当然男性の性役割の遂行も求められます。

このように、性同一性を構成している要素に、背反するものを含む場合、性同一性がアンビバレントなものになるでしょう。先ほど書いたように、性同一性は同一性の中でも多くな部分を占めているでしょうから、この人は「自分とは何か」迷い苦しみます。

また、男性の身体をもっていることへの違和感や嫌悪もあったり、男性として生きることへの苦痛などもあるでしょう。

 

広義の性同一性障害(⊂「性別違和」)

次に、「男性であることが嫌だけど、男性だとわかっていて、男性として生きている」は性同一性が確立されているといえるか、考えてみましょう。

この人は自分が男性であるとみとめているので、性自認は男性です。当然この人は、男性として育てられたので、男性としての性規範や性役割を身に着けているはずです(それが好きかどうかは別です)。

そのうえで、男性であることが嫌なのですから、おそらく「自分とは~~~~というような性別である」という「性同一性」は確立されているのかもしれません。

ただし、「自分は~~~というような性別である」「自分とは何か」といったことがわかっていても、それが受け入れらず、そのことで悩んでいる場合は「広義の性同一性障害」といえるのかもしれないと思います。

趣味で女装する場合A

趣味で女装している場合は、性自認が男性で、男性としての行動様式を身に着けていて、男子として社会生活を送っています。しかし、時々女装をする場合はどうでしょうか

この場合も、性同一性は確立されているといえるでしょう。ただ、同一性を構成する概念として「自分は女装が好きである」が含まれているでしょうし、もしかすると性同一性にも「自分は女物の服を着る」というような考え方が含まれているかもしれません。しかし、男性として安定して社会に適応できていることから、性同一性は確立されていて、またそれそのものにも強い違和感はないといえるでしょう。

時々女装する場合B

ところで、女装をする人の中には、「本当は女性として生きたいけれど、社会上の立場や環境を考えると、できない」といった場合も含まれているでしょう。また、単純に女性へのあこがれがある場合も考えられます。

この場合は、性同一性の確立が不十分なのかもしれません。しかし、社会に男性として社会できているならば、性同一性障害の治療対象にはならないでしょう。

完全に趣味で女装している場合は、「ただ単に社会の考え方とはすこしズレている、趣味を持っている」だけです。それは、同一性(アイデンティティ)になっているのかもしれません(アイデンティティは確立されていますね)が、特に社会生活で問題が起きていなければ、個人の自由です。

 

ただし、あまりにも女装にはまってしまって、社会生活に不都合が出ている場合、別の意味(疾患)で行動の改善(治療)が必要かも知れません。。

 

なぜ「性自認障害」ではなく、「性同一性障害」なのか

例えば、MTFの場合は、多くの人が「自分は女性だと思っているのに、生まれもった身体が男性である」という状態ですよね。この場合、自分は女性だと認識しているということで、「性自認が女性である」といいます。

性自認と体の性がずれているということは、正しく認識できていない、あるいは一致しておらず違和感があるといういみで、「性自認に問題(障害)がある」といっても間違いではないでしょう。

では、なぜ性自認障害とはいわないのか、考えてみました。それは性自認の障害は、精神疾患の症状としても起きうるからでしょう。

例えば、統合失調症などで「“なぞの電波”が自分が女であるといっている」といった幻覚(幻視・幻聴)から、女性であると思っている場合や(性自認がゆがむ)、現実見当識が弱っているために自分が女性だと思い込む場合(性の認識ができていない)ということ場合も考えられます。また、多重人格(解離性同一性障害)などの症状として、交代する人格の一つに異性が含まれている場合もあるでしょう。

(「性自認」は「性の認識」とはまた違うのかもしれません、本当に自分の思っている性のことといっていいのではないでしょうか)

(おまけ)ゲイや女装家などの場合

ところで、中には「こころはオンナよ。」と発言するオネエもいるでしょう。

男性同性愛者や女装家は自分が男だとみとめているので性自認は男性です。また、性同一性も、ゲイとしての性同一性を確立しているものと思われます。したがって、性同一性障害ではありません。もし、ゲイであることが受け入れられない、あるいはゲイとしてのアイデンティティ(同一性)が定まらない場合は、「自我違和的同性愛」といい治療の対象になることがあります。

ゲイや女装がいう「こころ」とは、恋愛に関する面が大きいと思われます。また、男性でありながら、一般的に「女性らしいこと」と考えられていることが好きな場合も、「オンナのこころ(乙女心)をもっている」と表現することはありますよね。

 

 

 

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